SAGAPIN STORY

390年の伝統と110年前の革新、そして令和の「神埼『総』めん」

神埼総めん [神埼市]

INTRODUCTION
暑さと共に恋しくなる「そうめん」。冷たく滑らかなのどごしは、夏の定番です。
佐賀県神埼市は、全国有数のそうめん産地として知られています。しかし近年は、ライフスタイルの変化や人口減少などを背景に、産地を取り巻く環境も大きく変化しています。そんな中、2026年3月、神埼そうめん協同組合と神埼市、佐賀県、RYO-FU BASEは新たな挑戦を発表しました。それが、「神埼『総』めん」。そうめんだけでなく、うどん、そば、ラーメンなどあらゆる麺文化を包含し、産業・地域・人の総合力で未来をつくる新たなブランド構想です。その挑戦の背景には、390年にわたり受け継がれてきた神埼そうめんの歴史があります。

「神埼そうめん」390年の歴史と110年前の革新による日本の製麺文化

神埼そうめんの歴史は、今から約390年前の江戸時代初期に始まったと伝えられています。脊振山系から流れる良質な水と、佐賀平野で育まれた小麦。さらに長崎街道の宿場町として栄えた地の利も重なり、神埼ではそうめんづくりが地域の重要な産業として発展しました。最盛期には数百軒もの製麺業者が軒を連ね、九州を代表するそうめん産地として知られていたといいます。

そして、神埼そうめんの歴史を語る上で欠かせないのが、約110年前に誕生した「真崎式製麺機」です。

当時のそうめんづくりは手作業が中心で、多くの職人と時間を必要としていました。そこで佐賀の発明王、真崎照郷(まさきてるさと)氏が開発したのが、日本初の麺類製造機械「真崎式製麺機」でした。手延べそうめんの技術を研究しながら機械化を進めたこの発明は、生産性と品質の安定化を実現し、その後の日本の製麺産業の発展に大きな影響を与えました。

神埼の機械麺の最大の特徴は、「油を一切使わない」ことにあります。手延べ麺が乾燥を防ぐために油を使うのに対し、神埼は小麦、塩、水のみ。この伝統を技術とともに現代へ受け継いでいます。そして今、その390年の歴史と110年前の革新を受け継ぎながら、新たな『神埼総めん』の物語を紡いでいるのが、神埼そうめん協同組合を構成する4社です。

 

神埼の歴史と共に「神埼そうめん」の原点を守る ― 中原製麺工場

明治25年(1892年)創業の中原製麺工場では、五代目の中原さんが神埼そうめんの歴史を土地の歴史と共に語ってくれました。

佐賀平野の真ん中で脊振山系を一望できる場所にある工場には、明治期からの褒賞が数多く掲示されています。地元の小学生が工場見学に訪れる際には、歴史を感じる機械とともに、先代たちが受け継いできた技術や挑戦の歴史を伝えているそうです。当時は機械製そうめんの品評会部門が設けられるほど産業として発展しており、昭和期に開発された「友白髪」は、県内の観光協会など地域とともに育て上げられたブランドとして今も親しまれています。

神埼ではかつて、農家の冬仕事として製麺が行われていました。脊振山系の水、小麦の生産、そして水車による製粉。そうめんづくりは地域の暮らしと深く結びついていたといいます。さらに中原さんは、神埼の食文化の豊かさにも触れました。仁比山神社の境内に鎮座する松尾神社は「酒の神様」として知られ、かつてこの地域では酒造りや味噌・醤油などの醸造文化が盛んだったそうです。神埼には複数の酒蔵も存在し、農産物を加工して付加価値を生み出す文化が息づいていました。「そうめん」もまた、酒造りや味噌・醤油づくりと共に、神埼を支えてきた食文化の一つとして発展してきたのです。

工場の目の前に広がる水田を眺めながら語られた神埼そうめんの歴史。そこには、この土地と共に歩んできた食文化の記憶が刻まれていました。

 

日常食としての「そうめん」のおいしさを追求する ― 古賀製麺

大正7年(1918年)創業の古賀製麺を訪れて驚いたのは、「熟成」へのこだわりでした。

一般的に製麺は、小麦粉と塩、水を混練し、生地を圧延・熟成・裁断した後、乾燥、包装を経て出荷されます。しかし古賀製麺では、製品化された後もさらに100日以上、自社倉庫で熟成させてから出荷しているといいます。

五代目の古賀さんによると、そうめんは1〜2年熟成した頃が最もおいしいのだそうです。機械製麺といっても、乾燥や熟成の状態を見極めるのは最後は人の感覚。原料選びや小麦の配合にも古賀さんならではの目利きが生かされています。長い時間をかけて生まれる独特のコシや食感、小麦の風味は、古賀製麺ならではの味わいです。そのおいしさを知るお客様に支えられ、50年以上購入し続けるファンも少なくありません。一般的な流通に頼らず、自社販売やEC販売を中心に展開しているため、お中元シーズンには全国から注文が集まります。効率や生産量だけでは測れない価値を届け続けているのです。

さらに古賀さんは、自ら毎日そうめんを調理し、その食べ方をInstagramで発信しています。そうめんは夏だけの食べ物ではない。旬の食材と組み合わせながら、365日楽しめる食文化として提案を続けています。また、そうめんだけでなく、生うどんや生ラーメンなどの商品開発にも取り組み、「総めん」の可能性を広げています。組合員の中で最も若い世代として、「自分の後に続く人を増やしたい」と語る古賀さん。その挑戦は、『神埼総めん』を未来へつなぐ大切なバトンにも見えました。

品質と信頼で産地を支える ― ヤクルト食品工業

まず、あのヤクルトグループが、なぜ神埼で製麺メーカーの顔を持つのか――と驚く方も多いはずです。

現在の工場がある場所は、かつて神埼の製麺業者たちによる協同組合の製造拠点でした。しかし時代の変化の中で事業継続が難しくなり、その技術を絶やさないために手を差し伸べたのがヤクルトグループだったといいます。

昭和47年(1972年)に設立されたヤクルト食品工業は、神埼そうめんの製造技術を受け継ぎながら、独自の研究開発を続け、そうめんや冷麦、即席麺などを全国へ届けてきました。現在もその多くは、全国のヤクルト販売会社を通じて消費者のもとへ届けられています。

ヤクルト食品工業が大切にしているのは、徹底した品質へのこだわりです。製造工程では設備やデータによる管理を行いながらも、最後に品質を見極めるのは人の感覚。工場では毎日、製造した麺を実際に茹でて試食し、食感やのどごしを確認しています。さらに選抜された官能評価パネルが味や食感のわずかな違いを見極め、「気づく人はごくわずか」というレベルまで品質を追求しているそうです。近年は品質管理に加え、新たな商品開発にも力を入れていて、「麺物語本舗」ブランドには多彩なラインナップが紹介されています。

品質を守り続けること。そして食文化として未来へ広げていくこと。ヤクルト食品工業は、50年以上にわたり神埼そうめんの技術を磨きながら、その価値を全国へ届けてきました。その積み重ねは、今まさに始まったばかりの『神埼総めん』の挑戦を支える大きな力となっています。

『神埼総めん』の新しい価値づくり ― 井上製麺

神埼の山あいに工場を構える井上製麺は明治6年(1873年)創業の老舗。代表の井上さんは、神埼そうめん協同組合の代表でもあり、今回発表された『神埼総めん』ブランドの中心的な推進役の一人です。

井上製麺が掲げるブランド「神の白糸」は、神埼の山あい、かつて仁比山神社の境内の一部だった場所から生まれました。その名の通り、神埼の自然や歴史への敬意が込められています。しかし井上さんの視線は、伝統を守るだけでなく、その先の未来へ向けられていました。

「神埼そうめんの特徴は、何でもできること。」その言葉がとても印象的でした。

一般的なそうめん産地は、伝統的な製法や味そのものがブランドになります。一方で神埼は、日本初の機械製麺技術を起点として発展してきた産地です。そうめんだけでなく、うどん、そば、ラーメンなど、多様な麺づくりを支えてきました。だからこそ今回の『神埼総めん』は、単なるそうめんブランドではありません。そうめんを起点に、あらゆる麺文化を包含しながら、それぞれの事業者が独自の価値や物語を発信していく挑戦でもあります。

その姿勢は井上製麺自身の歩みにも表れています。海外展開を見据えて磨き上げてきた「神の白糸」、吉野ヶ里の古代米を活用した商品開発、さらには製麺会社として日本初となるゼロカーボン製麺への挑戦。常に新しい価値づくりに取り組んできました。

さらに井上さんが力を入れるのは、麺づくりを通じて子どもたちの五感を育む場づくりです。原料に触れる感覚、小麦の香り、つるりとのどを通る食感。麺文化を伝えることは、人が本来持つ感性や身体の喜びを伝えることでもあると言えます。

神埼総めんの未来

390年の歴史と110年前の革新を受け継ぎながら、次の時代へ。『神埼総めん』の新しい挑戦。今回お話を伺った皆さんの言葉からは、麺づくりを超えて、人と地域、そして次世代をつなぐ文化を育てようとする強い意志が伝わってきました。

また、皆さんが共通して語っていたのが、「神埼総めんを食べられる場所や機会を増やしたい」という想いです。製麺技術の発展によって生産や流通は広がりましたが、その一方で、地元に暮らす私たちでさえ、神埼そうめんに触れる機会は少なくなっています。

だからこそ大切なのは、地域の子どもたちが『神埼総めん』を食べて育ち、その美味しさを身体で記憶することなのかもしれません。脊振山系の水、佐賀平野の小麦、そして110年前に生まれた機械製麺技術。神埼で受け継がれてきた食文化は、意志をもって未来へ手渡していく地域の財産です。

 

この夏、そうめんや麺を食べる機会があれば、ぜひ新しい『神埼総めん』にも目を向けてみてください。一本一本の麺の向こうにある、神埼の歴史と未来を味わうきっかけになるかもしれません。

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