SAGAPIN STORY

太良の海と山と太陽と。
みかんの木と対話し、
育む「にじゅうまる」

峰農園 [太良町]

INTRODUCTION
口に入れた瞬間、思わず笑みがこぼれる。豊かな甘さと程良い酸味のバランス、弾けるような食感とみずみずしさで多くの人を魅了する、佐賀県のブランド柑橘「にじゅうまる」。その生産に発足当初から関わり、露地とハウスの両方で大切に育てながらブランドを支えてきたのが、太良町の峰農園です。峰正雄さんが農業を継いだのは28歳のとき。みかん畑に囲まれて育ち、時代の波を見つめながら「うまかもんを作り続ける」という思いを胸に、みかんの生産に取り組んできました。

この土地と共に、歩んできた

私はこの農園の三代目です。創業者である祖父は私が生まれた年に亡くなっているため直接の記憶はありませんが、梨や柿など、さまざまな果樹を育てていたと聞いています。その後は父がみかん栽培を続け、昭和58年、高齢になった父から私が引き継ぎました。

昭和60年にはハウス栽培を始め、事業として本格的にやっていくようになったのを機に、屋号を「峰農園」と名乗りました。30アールからのスタートでしたが、現在はハウスが110アール、露地が約200アールまで広がっています。

現在、露地は息子2人が中心となって管理し、ハウスは主に私が見ています。収穫期には私と妻、息子たちに加え、近所の方や息子の友人にも手伝ってもらい、最大で8人ほどで作業します。家族を軸に、必要なときに地域の力を借りながら農園を営んできました。

太良町で育った私にとって、みかん畑は「ある」と意識することすらないほど当たり前の風景でした。昔は生産過剰と言われるくらい、町じゅうでみかんが作られていた時代もあります。当時と比べれば畑は確実に減りましたが、有明海を東に、太良岳を西に望むこの土地は、日当たりがよく水はけにも恵まれた、みかんの栽培に適した場所です。今も変わらず、この太良の地で、おいしいみかん作りが続いています。

大事なことは、木が教えてくれる

峰農園がにじゅうまるを生産することになったきっかけは、十数年前に佐賀県から持ちかけられた相談でした。「佐賀県を代表する新しい品種を作りたいので、協力してほしい」そう声をかけられ、露地に3本、ハウスに2本、試験的に植えたのが始まりです。品種名を「佐賀果試35号」といいます。

育ちは順調でした。収穫した果実は県に渡し、私もひとつ味見をします。まず、手に取ったときの質感が違う。ずっしりとした重みがあります。皮をむいて口に運ぶと、ひと噛み目で「あ、これは良いみかんだ」と分かる。プチッ、プチッとはじけるような食感は、まるでゼリーのよう。従来のみかんとは明らかに違いました。

みかんのおいしさは、糖度だけでは決まりません。大切なのは糖度と酸度のバランスです。収穫直後はまだ酸が立っていますが、貯蔵して熟成させることで酸が適度に抜け、味が育ち、ただ甘いだけではない「うまさ」が完成します。そうして、厳しい基準をクリアしたものだけが「にじゅうまる」として出荷されます。

おいしい「にじゅうまる」を育てるには普段の管理が重要です。台風や春一番など、大きな風が来る前に先回りして防除を打つ。その判断の軸になるのは、日々の観察と天気予報です。特効薬も魔法もありません。天候を見て、木を見て、基本を積み重ねる。ただそれだけです。

大事なことは、いつもみかんの木が教えてくれます。木は、人や動物のように声を出すことはありません。しかし、毎日向き合えばちゃんとサインを出しているのがわかります。葉の色、幹の状態、枝の出方。環境が少しでも変われば、木は正直に反応します。甘やかしすぎず、厳しくしすぎず。その塩梅を見極めながら、今何をする必要があるのかを判断する。それが、私たちのみかん作りです。

完璧はない。だから続ける

私が農園を継いで、気付けば40年が過ぎました。みかん作りを続けられる理由を聞かれたら、私は「満足する年がないから」と答えます。良い年もあれば、思い通りにいかない年もある。すべてが完璧だと言える年は、一度としてありません。だから「来年はもっと良くしたい」と思える。今でも、毎年が勉強です。

時代とともに、消費者の価値観も大きく変わりました。昔は量の時代で、腹を満たすために食べる感覚が強かった。でも今は「3つ食べるより、1つうまいのを食べたい」。量より質の時代です。選果場にはセンサーが入り、糖度や酸度がすべて数字で出ます。みかんに“通信簿”がつくようなもので、トラック1台分を持ち込めば、うまいみかんが何%あるかまで分かり、そのデータで値段も決まる。ごまかしのきかない時代になりました。だからこそ、私たち生産者には「どう向き合うか」が問われています。

息子たちや、これから農業を担っていく人たちに、私のやり方をそのまま守ってほしいとは思っていません。ただ一つ言えるのは、時代の流れに逆らわないこと。消費者が求めるものを見極め、うまいものを追求し続ける。それしか、この仕事に残る道はないと思っています。

私には、何か特別な才能があるわけではありません。それでも、妻が来てくれて、子どもたちが生まれ、家を建て、こうして暮らしていくことができている。それは、みかんがあったおかげです。これほど打ち込めるものがあったから、人の道を外れることもなく、生きて来られた。いろいろなことがありましたが、この場所があって、ここにいられることを、ありがたく思っています。

今年より来年。満足しないから、またやる。そうやって、私はこれからもみかんに向き合い、生きていきます。

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